何者?

趣味

特技

好きなもの

何者?

本名 柳川 亜紀子
住処 東京都江東区、マンションの11F
生まれ 東京都墨田区
履歴 江東区立南陽小学校
私立女子学院高校
東京女子大学
- 現代文化学部
コミュニケーション学科

仕事 ホームページのデザイン・更新など
身体的特徴 ・身長162cm
・鋼のような髪の毛
・睨むと恐れられる目つき
・広い肩幅
・毛深い腕
・よく性別を間違えられる
血液型 AO
誕生日 1977年1月5日
(産まれてから日経過。)
家族 父母妹各一人ずつ





趣味


舞台を観ること
この頃はあまりいっていませんが、一時は一ヶ月に一つの割合で観ていました。ストレートプレイよりも、ミュージカルの方専門。 クラブでちょこっとかじったのを機に、ハマってしまいました。
一緒に観にいっていた友達などの影響で、劇団四季とか、宝塚の舞台が多くなりました。


小説を書く、読む
大型書店と図書券と図書館があれば、何日でも幸せに過ごせます。

好きな作家・作品です(作者の敬称略)

村上春樹
ノルウェイの森(講談社文庫)/羊をめぐる冒険(講談社)/TVピープル(文春文庫)/国境の南、太陽の西(講談社文庫)/遠い太鼓(講談社文庫)

薄井ゆうじ
くじらの降る森(講談社文庫)/星の感触(講談社文庫)/青の時間(文藝春秋)

江國香織
ホリーガーデン(新潮社 / 新潮文庫)/流しの下の骨/冷静と情熱のあいだ

綾辻行人
霧越邸殺人事件(手元にないので出版社不明)/十角館の殺人(講談社)/水車館の殺人(講談社)/時計館の殺人(講談社)/黒猫館の殺人(講談社)/緋色の囁き(祥伝社)

新井素子
グリーン・レクイエム(講談社文庫)/緑幻想-グリーンレクイエム2-(講談社文庫)

東野圭吾
卒業-雪月花殺人ゲーム-(講談社文庫)/眠りの森(講談社文庫)

森博嗣
犀川&萌シリーズ


漫画・イラストを書く
下手の横好き、とはまさにこのこと。図工や美術の成績はひどいなんてものではなかったのに、イラストは長年の努力の成果か、人並みに描けるようになりました。

好きなマンガ家・作品です(作者の敬称略)

北条司
CITY HUNTER(集英社)

ゆうきまさみ
機動警察パトレイバー(小学館)/究極超人あ〜る(小学館)

星里もちる
りびんぐゲーム(小学館)

谷川史子
くじら日和(集英社)/君と僕の街で(集英社)

逢坂みえこ
ベル・エポック(集英社)

本田恵子
虹と真珠たちへ(集英社)/ROUGE(集英社)

佐野未央子
木綿の天使たち(集英社)

あだち充
H2(小学館)/ラフ(小学館)

内田春菊
私たちは繁殖している(ぶんか社)




特技


ピアノ
4歳から習っていたので、いくらなんでも弾けるようになりました。練習しなかったので、進みは大分遅かったようですが。
練習曲を弾くよりも、好きな曲をアレンジして弾く方が好きだったなあ。
タップダンス
クラブでやったミュージカルに必要だと言うこと+興味から習いにいきました。二ヶ月の短期間講座だったのですが、それらしくなるものです。基本中の基本ぐらいをなんとかマスターしました。
泳ぐ
もの心つく前から放りこまれた結果です。
小学校の四年生頃まで自宅から二駅先まで、スイミングスクールに通っていました。
クロール、背泳、平泳ぎ、バタフライと四種目泳げます。(役には立ったことのないバタフライが一番難しかった)




好きなもの


色:

季節:

初夏

TV:

Discovery Channel
BS9(ハイビジョン試験放送)
MX-TV(ヘッドラインニュース)>>なんでか知りたい?

音楽:

谷山浩子
Keiko Lee
Bob James
Sarah Brightman
Mendelssohn

食べ物:

野沢菜の漬け物 納豆
アスパラガスとベーコンのバターソテー
とろろそば タンメン
ぱさぱさに乾いた柑橘類・リンゴ
祖母の喫茶店のコーヒー




コンピュータ


Mac MINI[intel core solo] iBook [combo drive / G4](Andes)

余談:"MACIHTOSH"にたどりつくまでのいきさつ

 私が高校2年生のとき、父がアメリカへ単身赴任になり、その出発前後、「コンピュータが安いらしいからMacintoshでも買ってくるか」と父がぽろりとこぼしたあの言葉。私は今でもしっかり覚えています(執念深い)。
 その時丁度、ミュージカルで使う曲をピアノひとつでアレンジしていたときで、「せめてパーカッションが、バイオリンのような音がほしい」と安物で音が合わないキーボードを横目に、私は切に願っていた。今思うと、あの時間と資金でMIDI関連の機器をそろえることはできなかったのだが、それは今だから分かることであって、当時叶えられなかったそんな願い(戻ってきた父はすっかり忘れていた)は、高校を卒業してからもむくむくと胸の奥で育ち続けていた。

*       *

 東京女子大学入学。入学後初めて知ったのだが、私の入った学部はコンピュータの授業が必修、メールアカウントを全員が持つ、というのがひとつの"ウリ"だったらしい。一人一台のコンピュータはWindows3.1、メールソフトはWinbiff、Web browserはMosaic。Emailについて授業で習ったものの、進みが遅いので情報処理の助手さんが開いていた「講習会」に友達と参加して、そこではじめてウェブサイトを自分で作れることを知った。
 ゼミで担当だった先生の研究室のコンピュータが、たまたま全部Macintoshだったことと、その先生の仕事を少し手伝ったらその研究室のコンピュータを使ってもいいということになって、思いもかけずあのMacintoshに触れる機会がやってきた。

*       *

 不特定多数の人に、自分のページを見てもらえる。想像しただけで興奮したのを覚えている。とにかく何を作ろうか、と考え、高校生のときにやった舞台の記録を載せたり、当時よく観にいっていたミュージカルについて、ちょこっとずつ記録していこうと思った。それならこれも、あれもと、今までごく内輪だけで回し読みされていた小説なども、公開することになった。毎日終電の時間まで研究室でねばって、ずっとモニタに向かっていた。そのうちCD-ROMをつくることになり、使うアプリケーションも増えていった。

*       *

 授業で使っていたWindowsと、研究室のMacintoshは、全く価値の異なるものだったから、そこでどちらが良いかを比較することはできなかった(コンピュータ本体の見た目や、インターフェイスのデザインは、どう考えてもMacintoshの方が気に入っていたが)。授業で使うコンピュータはメールを書く、Wordを動かすための最低限の機能しかなかったのに対し、研究室の方はPhotoshopやIllustrator、Premiere、Infini-D、などなど、違うジャンルの作業ができるような環境が整っていた。
 帰宅が深夜に及ぶ日々が続いて一年たった頃、「家にコンピュータを買えばおまえは家にいるんだな」と言い出した父。今では想像もつかない値段だったPowerMacintosh8500/120を、出世払い(未定)でとうとう買ってもらい、Macintosh以外のコンピュータには目もくれなくなる。もちろん、使っていてなにか不都合があれば、ほかのものも考えたと思うけれど、いまなお使っていると言うことは、それなりの長所があったからだろうと、そう考えている。




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