1 2 3 4 Wd5 6 7 6 9 10 rightLine

[ Writings Index ]

Write it down.
page 5
1999.12.1--12.31

12.17(Wed)

 ここ一週間は泊まりがけの旅行が二つある予定なので、携帯用の小さな容器に入ったシャンプーなどを買うために、嫌がる体に鞭打って渋谷のマツモトキヨシに入った。ヘアムースの棚の前にはどれにしようかと迷う人だかりができていて、通り抜けるのに苦労する。私はだいたい何を買うかが決まっていたので、さっさと欲しい物をかごにいれてお金を払った。
 昔は私もそんな人だかりの間に顔をつっこんで、「新発売!」とシールが貼られていると手当たり次第に必要でもないヘアムースなんかを買いあさり、ほとんど使わずに山積みにしてしまっていた。4,5年前にやっと「私にはこれが合う」と思うムースを見つけて、それ以外は買わなくなった。
 ところが困ったことに、こういう商品の販売元は次から次へと新商品を出して、古い物はいつの間にか製造中止にしてしまう。おそらく大して中身は変わっていないのだが、パッケージのデザインを変えたり、コピーを変えたりして新しさをアピールする。私がやっと見つけたヘアムースも、そんな波に押されて、今では一部の店舗でしか取り扱われない商品になってしまった。ヘアムースだけではなく、生理用品でも同じ目にあった。これ、と決めた商品(アメリカの製品だった)を輸入していた会社が日本のある会社に吸収されて、そこの方針でその製品を輸入しないことになってしまったのだ(くわしいことは
ここのページで知った)。
 私は洋服や化粧品の類の”はやりもの”は嫌いだ。気に入った物は長く着たり使ったりしたいし、もし破けたりなくなったりしても、あそこに行けばなおしてもらえる、また同じ(あるいは似たような)ものが手に入る、という商品や店のほうが好きだ。そういう方針で作られている商品には、売っている会社や店のポリシーが詰め込まれているものだから、安心できる。自分が持つ物は、その辺で山積みにされて安く手に入るものよりも、高いお金を出しても納得して愛着をもって使えるものがいい、と思えるようになった。
 5年使っても全然問題なく動いているMacintosh8500は、そんな私の小さな哲学を裏付けてくれているものの1つである。

12.15(Wed)

 来年3月の引っ越しに向けて、粗大ゴミ出しが始まった。全部まとめて、というわけにはいかないので、何度かに分けて出す計画で、明日が初回の粗大ゴミ収集日である。夜家に戻ると、リビングがカラーボックスや洋服ダンスで埋め尽くされていた。計6つの家具を、家族総出でゴミ置き場まで運ぶ途中、カラーボックスのてっぺんに貼ってあるドラえもんと目が合う。真ん中にどかーんと巨大サイズのドラえもん、その周りに占い師やカウボーイなど、いろいろな格好をしたドラえもんが所狭しと貼られている。記憶はないが、性格から考えて犯人は私だろうなあ。
 17年。この家に詰まった17年の足跡を整理整頓するためには、まだまだたくさんの時間がかかりそうだ。

12.10(Fri)

 私には高校生の頃から憧れている「大学生活」というものがあった。1.貧乏だけど2.暇はあって3.いつもそんな「仲間」でつるんでいて4.でもまじめな話を延々している、というのがそれ。つるんでいるのは、地下にある古い喫茶店(純喫茶かジャズ喫茶)。飲むときには誰かの下宿(6畳一間)で安酒を飲む。年齢不詳の先輩がいて、すごく物知り。女の子はジーパンにトレーナーというラフな格好。男の子は年中同じ服を着ている人が多い。割とその仲間内でごちゃごちゃと男女間のもめ事もあるが、表面的には知らん顔をしている。
 ....等々、書き出すとキリがないのだが、つまり私の親くらいの世代が大学生だった頃(学生闘争の頃)の、ごく普通の「大学生」に憧れていたのだ。一体なにがきっかけでそんなことになっちゃったのか全く覚えていないのだが、とにかくそんな憧れを抱いて私は大学受験をした。受験を甘く見過ぎて、結局女子大に通うことになり、憧れの大学生活が簡単に手に入らない状況に自分を追い込んでしまったわけだが、研究室で好きなことを(勉強以外のことを)して終電ぎりぎりまでねばる、というところで結局私は折り合いをつけた。女子大にいながらも、そこの研究室だけは男っ気もあったし(学外の人が頻繁に出入りしている)、私が自分の居場所をつくる余裕もあった。その後、望んでいた「仲間」にも出会えたし、結果オーライの学生生活だったと思う。得ようと努力すれば、ちゃんと結果がついてくることを、私はその過程で身をもって学んだ。
 しかし、こういう学生生活を望む人はほんの少しだということに私は驚いた。女子大では、毎日学校に行って、夜遅くまで研究室にいると奇異な目で見られるということにも。そんな目で見られると、学生生活が終わったにも関わらず余計自分の理想の「学生生活」に磨きがかかって、つい中村雅俊の「俺たちの旅」を見てしまうこの頃である。

12.6(Mon)

 あの頃の私の喜怒哀楽は、両親の言動に大きく左右されていた。
 たとえば約束の時間を過ぎて家に帰り着き、インターホンを押すときの恐怖、厳しい声を訊いたときの戸惑い、そして許されたときの安堵感。たとえば林間学校から帰ってきて、迎えに来た母の顔をみたとき、友達や先生との三日間が楽しかったにも関わらず、それ以上に胸が高鳴って顔が知らずに笑ってしまう気持ち。たとえば誉められたときの照れくささや嬉しさ。
 「これはこの人の価値観だから」と距離を置いて、両親の考え方や言い分を聞いている今の自分に気がつくと、ふとあの頃のことを思い出す。なんだか自分自身の、本当の出来事ではなかったような不思議な気持ちで。

12.1(Wed)

 ちょっと前になるが、「風俗ではたらく主婦たち」のようなレポートをテレビで目にした。子供の教育費、自分の借金返済のため、止むに止まれぬ事情と割り切って働いている人もいれば、好きで働いている人もいる。心底同乗したような口調でリポーターが訊ねる質問のひとつに、「もしご主人にばれたらどうしますか」というものがあったのだが、驚いたのはほとんどの人が「ばれない自信がなかったらやらない」と言ったこと。そのときのことを考えていないらしい。それほど覚悟をして働いていると言いたかったのだろうが、私はこれがどうも、先の東海村の臨海事故の、事故が起こったときのことは想定していなかった、という姿勢と重なってならない。
 もしこうなったら、と想像をめぐらせることは、何をするにせよ必要だと思うのだが。慎重なことは、決して臆病なこと、決心が柔なこととは違う。




1 2 3 4 Wd5 6 7 6 9 10 rightLine

[ Writings Index ]

画像や音楽、映像ファイルの無断転用を禁じます。リンクフリーですが、リンクをはる際にはメールで連絡をください。>>yana@kt.rim.or.jp

Akiko Yanagawa Logo
Copyrights 1995-2004 Akiko Yanagawa