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[ Writings Index ]

Write it down.
page 1
1999.6.3-6.30

6.30(Wed)

ごくたまにだが、人に(だいたいが年上の異性)「若い女の子」と定義されることがある。実際、今私は22歳で、性別も女だから間違っていないのだが、そう言葉にして言われるとどうも反応に困ってしまう。それがあまりに自分に合わない言葉だということを私自身よく分かっているからということもあるが、それが私を困らせるつもりではなく、むしろプラス方向に受け取られる言葉だと相手が信じて言っていることも、私を戸惑わせる要因である。今だから言えるのかもしれないけれど、私は「若い女の子」という一くくりの言葉で評価をされるよりも、例え良いことばかりではなくても一人の人間として評価をされたほうが断然うれしいし、そういう人と話をする方が、よっぽど気楽である。

6.29(Tue)

久しぶりに、高校生のときに書いたマンガを読み直した。マンガ といっても、大学ノートに鉛筆で書いたかなり簡単なものである。読んだのは三作目で、全部でノート4冊という(私にとっては)大作。高校では「軍人マンガ」と呼ばれて割とたくさんの友達が読んでくれた。今見直すとそのときの価値観とか、世界観がなんとなく思い出されて、割と恥ずかしい。でも少なくとも、一つの作品を書き終える力はあったのだ。こういうものを目にすると、ちょっとした自信になる。まだ、その力は残っているはずだ、と。

6.26(Sat)

回数券を買おうと、券売機にお金を入れた。いつもはがしょがしょという音の後に、まとめてさっと回数券の束が出てくるのだが、今日は違った。多分、いやどう考えても壊れていたらしく、一枚ずつ次々に機械から券が飛び出してきたのだ。やけに勢い良く。びっくりした。体を楯にしてその切符を何とか拾い集める。そう言えば友達が初めてPowerBookの中古を買ったときに、フロッピーが1m飛び出したという話を思い出す。(もちろん初期不良で交換した。)どちらも、どこがどう壊れたせいで、吐き出すべきものを飛ばしてしまったのか、私には分からない。飛び出さないように切符やフロッピーを出す、という力加減が、割と機械には難しいということなのだろうか。(手の指ロボットにとってものによって力を加減するのが難しいという話も聞くから)

6.23(Wed)

電車のなかで向かいのシートを陣取り(しかもシルバーシートだった)、念入りに化粧をしている女の子がいた。アイシャドウを小指でぼかし、口紅を直し、ぱたんとパクトを閉じたので、やっと終わったのかな、と思うとすかさず鞄から鏡を出してじっとにらみ、今度はごそごそとファンデーションを取り出して顔に塗りたくる。終わるとまた鏡を出して....と、結局渋谷につくまでそれを延々と繰り返していた。彼女を見ながら何かを思い出す。そう、中学高校のテスト当日、学校までの電車の中。何度ノートを見直してもまだ覚えていない、見逃していることがありそうで、何度も何度も鞄からノートや教科書を引っぱり出して見直す。それでいてテストになると、一番肝心なところが抜けていたりして、もっと前から準備しておくんだったといつも後悔するのだ。

6.22(Tue)

キーボードのあちら側のレシートの束が目に付く。ここ数ヶ月、とっくに細かい日常の出納簿を付けることは諦めたものの、一応レシートだけでも日記帳に張っておけば、後でその日なにがあったかを知る手がかりになるかもしれない、と思ってほとんど捨てないで取ってある。それですらも、すっかり作業停滞中である。昔親に買ってもらったキキララのお小遣い帳も、いつも1ページ書き終えることができず、半年後くらいたつと半端なページを破り、また1ページもめくれないままに半年後....と繰り返していた。全然進歩していない。

6.21(Mon)

電車の中のように閉ざされた空間で、女の人と男の人がなにも言わずにじいっと見つめ合っている真ん前の席に座ってしまうと、これは非常に気まずい。子どもが大騒ぎをしていて、それをびっくりするような大声で叱っている母親の声が近くで聞こえるのも、落ち着かない。(子どもよりも母親の声のほうがよっぽど迷惑。)読んでいる本の同じ行を何度も繰り返し目で追うことになる。今日の帰りの電車では、この二つのシチュエーションが運悪く重なった。こんな日もある。

6.19(Sat)

ここ数日、PHSに知らない人から電話がかかってくる。はじめは、電話にでるとすぐに切れてしまった。表示される番号に全く覚えがなく、首を傾げていたら、こんどはPメール(DDIなんです)で「アナタハ、ダレ。」ときたもんだ。この謎の番号は、かかってきても通知しないよう設定したが、今度は番号非通知で同じような電話がかかってくる。暇なひともいるものだ。

6.18(Fri)

両親が新しいマンションを買うので、今住んでいる家を売ることになった。不動産会社の人が、査定のために家を見に来る、ということで、ここ数日は母がばたばたと片づけをしていた。今日の昼頃にやって来たその人と、私も少しだけ顔を合わせた。聞くと既に、私たちの住んでいるマンションが空くのなら、と待っている人が15組いるらしい。これから彼らを連れて見に来ることになるかもしれない、と言われ、私と母は顔を見合わせる。つまり生活しているこの家に、見ず知らずのお客さんが不定期で訪れることになるらしい。そしてこのままスムーズにことが進めば、この家が来年は他の人の手に渡ることになる。17年間私たち家族の帰ってくる場所だったこの家が、他の人の家になる。なんだか、とても複雑な気持ちだ。

6.17(Thu)

ほぼ毎日、仕事で渋谷の町を歩いているが、どうしても私はこの町が好きになれない。もともと印象が良くなかったのだが、ここ数年の間嫌な思いはしても良い思いをこの町でしたことがない(レストランではロクなものが出てこない、変な呼び込みのお兄ちゃんが馴れ馴れしく肩を触る、大きなお店が多いくせに本当に必要なものが手に入らない)という事実は渋谷=嫌いな町、という定義を揺らぎないものにしてしまった。その一方で、自分の家から遠い、という以外大して印象のなかった吉祥寺は、大学に入ってから今でもずっとポイントが上がり続けている。この町にだっていやな思い出はたくさんあったけれど、そのときの気持ちは不思議と色あせて、輪郭もぼんやりしている。その変わりここが良い!と強調できる点も曖昧なのだが、とにかくいるだけで落ち着くのだ。NHKの仕事の後、東女に寄る用事があるときは井の頭線の改札を通ることになるのだが、そのときいつも肩の力が抜けて、何故か「自由」になったように思う。いつも電車が空いていて席が確保できることも、多分に関係あるかもしれないけれど。

6.15(Tue)

必要があって、電話での会話を録音するためのオプションはないものかと電気屋に寄った。私の家には受話器がコードレスになった親機1台と子機一台、という電話のセットがあると説明すると、これでは直接は録音できない、と店員に言われてしまった。結局、オンフックにして外に漏らした会話を、カセットデッキで録音した。なんだか変だ。前の電話には、録音ボタンを押すだけで、簡単にテープに落とせたのに。あるいは、会話を録音するような人はほとんどいなくて、必要のない機能だと判断されたのだろうか。

6.14(Mon)

朝、人身事故があったと、一足先に電車に乗った妹から連絡があった。いつも乗る駅からすこし離れた駅での事故で、一人亡くなったそうだ。しかし私は今日も、人身事故と訊いたときにいつもそうするように、その被害者(もし自殺だったらこの呼び方はおかしいが)ではなく、電車の運転手のことを考えた。一度これを経験してしまったら(自殺でも事故でも)、例え運転を再びできるようになっても、ホームに電車を滑り込ませる瞬間、さっとその脳裏を記憶がよぎるんじゃないだろうかと、そんなことを心配してしまうのだ。

6.11(Fri)

このページでも何度か触れてきたが、今自動車の教習所に通っている。第二段階、仮免許を持って路上教習にはいったところだ。第二段階でも学科(試験ではペーパーテストもありそのための授業)があるが、これが今はとても楽しい。ビデオ教材を毎回見られるからだ。中身がおもしろい、ということではなく、その雰囲気がレトロなので、ついつい熱心にみてしまうのだ。何とかサスペンス劇場、で時たま見る、妙に白っぽい空や、目をくっきりと縁取った独特の化粧、もっさりとした俳優たちの髪型。しかし実は、このビデオは1996年制作ということがちょっとした手がかりで分かった。ひょっとしてこれを作ったひとも私と同じ好みなのだろうか。わざと色数を落として、それっぽい俳優を使い、ちぐはぐで大げさな効果音や音楽を使っていたりして。

6.10(Thu)

喫煙者に、たばこを吸うなとは言わない。体に悪いこと、お金がかかることは承知の上の行為だと思うし、それを差し引いても残る利点がおそらくたばこには含まれているのだろう。しかし、周りを全く気にせずにたばこを吸う人を毎日これだけ見ていると、筋違いとは思いつつも、たばこへの不信感もつのってしまう。道を歩いているとき、食事をしているとき、平気でたばこに火を付ける人があまりに多いから(構成員は若い人には限らず、年輩のサラリーマンもかなり含まれている)、喫煙すること自体への風当たりが強くなっていることに、どれだけの喫煙者が気がついているのだろう。

6.9(Wed)

10年間女子校に通った結果、私は女子ばかり、女子だけ、という環境をとても嫌うようになった。どう考えても、女子だけを集めて勉強させる意味が私には理解できなかったし、今もそうだ。女子校生活はは楽しかったが(特に高校のときは)、男の子の仲間とつきあうようになって、私は自分たちが女子校時代にとても偏った考え方・価値観をしていたことに気付かされ、愕然としたという経験も、女子だけという状況を嫌う原因になっている。今日教習所に行って、受けた学科の教室に女性ばかりだったのをみて、もし自分が子どもを持って、その子が女の子だとしても、決して女子校には入れたくない、と改めて決心してしまった。(その状況のなかで勝手に私がそう考えただけで、そこにいた女性が悪いわけではない。だいたい自分もその一人だし。)

6.8(Tue) 23:00

母が、先月ちょっとした交通事故をおこした。加害者である。立場上どうしても主観的になるだろうから、細かい事情や意見は省くけれど、とにかくそれからずっともめている。このもめ事のたどってきた道、これからの展望をみながら、自動車の事故は怖いことをひしひしと感じている。しかもまさに今、私自信が自動車の免許教習所に通っている最中なので(今日やっと仮免許取得)、「怖い」の感じ方も並大抵ではない。絶妙のタイミング。

6.7(Mon)

シュミレーションゲームをここ二日で二つも買ってしまった。格闘やパズルゲーム、アドベンチャーは苦手で、何度か購入してチャレンジしたものの、すっかり「棚の肥やし」状態である。多分、短い時間ですばやく判断することが苦手で、のんびりとやり直しを繰り返しながら進めてゆけるものが自分に合っているようだ。とは言っても、いわゆる攻略本の後ろの方に書いてあるような、凝ったことがしたいわけではなく、低レベルなところで勝手に自己満足するところを楽しんでいるので、いつも大成功はせずに終わるというのがパターンなのだが。

6.6(Sun)

「最近日本語が乱れている」といったタイトルで話し合いをしているテレビ番組を(ちょうど食事のときに映っていたので仕方なく)みた。渋谷でそれらしい高校生をつかまえて話をさせて、極端に言葉がおかしい例を老人にみせ、彼らが文句を言っている(ようにしか見えなかった)映像をつなぎ合わせた、というVTRもすごかったが、そのことを全面的に事実として受け止めて意見を言い合っている出演者にも驚いた。だいたい「私は正しい日本語で会話をしている」と胸を張って言える人が存在するのだろうか。それ以前に正しい日本語とは何か。もし不動の「正しい日本語」が存在するなら、日本語が今までの歴史のなかでこんなに変化し、今でも広辞苑が毎年書き換えられているのはいったいどういう理由からだというのだろう。話し言葉をどうこう言うよりも、「論理的でわかりやすい日本語を書く」ことをこれからどう教えていくかを考える方が先だと思う。明らかに大人が書いた、ひどい日本語が書かれているのを、あちらこちらで私はよく見かけるけれど。

6.5(Sat) 22:00

自転車をこいで、駅とは反対の方向に進路をとることがここ数日続いている。昨日のプールも、今通っている教習所もその方向にある。十分もペダルを漕いでゆくと、町並みがすっかり変わり、突然数十年前にタイムスリップしたような錯覚に襲われる。果てしなく連なる味気のない団地は、にぎやかな洗濯物にどの窓も覆われ、せり出した小さなベランダのすぐ横を、学校帰りの子供たちが走りすぎてゆく。病院、歯医者、美容室、スーパーと、生活必需店が一通りそろった小さな商店街と、生徒が運動会のダンスの練習をしている小学校の校庭。ちらりと開け放たれた窓から部屋を覗き見ると、小さな和室、扇風機。こういう部屋をみるといつも、私はただいま、とその部屋に入ってゆく自分を想像してしまう。

6.4(Fri) 21:00

午前中プールに行った。自転車で 30分かけて。子供のころ、嫌々ながらも稽古に通い続けた”ピープル”のプールの風景や、検定のときだけ母が買ってくれた220円のハンバーガーの味を、泳ぎながら思い出す。あのころは週に二回、2km近く泳いでいたのに、今日はたった600mでくたくたになった。

6.3(Thu)

両親が10余年通っていたテニスクラブが近々閉鎖になる。子供の頃に私もよく連れていってもらったそのクラブに寄り、帰り道母と昼食を食べた。人のまばらな不二家で、ハッシュドビーフはとても懐かしい味がした。いつか食べたことがある、と思い出した。




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